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  • 執筆者の写真小林大賀 Taiga Kobayashi

「ホロドフスキーのサイコマジック」読書録 ①

初めて英文の著作を読み終わった。

「サイコマジック」はホドロフスキー監督が行なっているセラピー、カウンセリング活動で、ドキュメンタリー映画としても公開されているが、地方都市に生きているため観る機会がなかった。日本語訳も出版されていないために必要に迫られての英語版だったが、かなりの飽き性を自覚しているので今度ばかりは自分を褒めたい。苦労して読んだので、ブログにまとめつつ共有しようと思い立った次第。


著作「サイコマジック」は対談形式で、自伝小説かつ同名映画原作の「リアリティのダンス」と対を成す内容となっている。小説「リアリティのダンス」は著者がサイコマジックの発明に至る経緯を綴ったものとも言える。

サイコマジックとは何かということを極端に要約するのもはばかられるが、『セラピーとして「行為」を処方する』と言えると思う。ホドロフスキー監督の実践では、心理遺伝学やタロット(タロット学者でもあるので)を用いて個人のトラウマとその系譜を読み解きつつ、処方された行為をクライアントが実行に移すことで回復を促す。


一例をあげると

菜食主義者の女性が母親に殺したいほどの怒りをおぼえる:乳房に見立てて抱いたスイカを破壊する。それを手製の肌色の袋に詰めてセーヌ川へ流し、振り返らずに立ち去る。

実力は申し分ないが自信に欠けるせいでいつもオーディションに落ちている歌手のクライアント:金貨を10枚コンドームに詰め、それをヴァギナにいれたままオーディションに臨む。


彼の解説によれば、精神分析では「無意識」の言語を「理性的」な言語へと翻訳し解釈を行う。サイコマジックはその逆の過程をたどる。つまり理性的な言語を「無意識」の言語(象徴的な行為)へと翻訳し、無意識に対して働きかける。


この本の内容を大まかに分けると

明晰夢について、詩的な行為、演劇のセラピー性、魔術について、イメージとクリエイティビティの力~自己変容、などなど。


明晰夢、夢を意識的にコントロールする研究、訓練は随分と長く行なっていたようで、映画「エルトポ」は自身の明晰夢を形にしたものだと語られている。


魔術に関してはメキシコ在住時代に様々な民間療法を実地に見聞、体験してきたことが土台となっている。パチータという呪術師の助手として数々立ち会った、いわゆる「心霊手術」の描写は驚愕の内容だった。一方で意外だったのは、魔術(神秘主義)に対しての「信じもしないが否定もしない」という中道的な態度。魔術がありえるのとすれば、それは「聖なる罠」だと言い切る。また、彼は魔術師(特異な療法を用いて治療する者)を目指したことはないとのこと。理由として、本当に魔術を扱うシャーマンになるには原始的な環境に生まれ育つ必要があり、物質文明、近代社会に生まれ育ったものはそこに戻ることはできから、と明確に述べていた。また、神に対する態度も否定的ではなく、むしろ肯定的な発言の方が目立った。自伝の中では共産主義:無神論者だった父を許す、という場面もあった。現実はさまざまな次元が入り混じる場であり、不可思議な可能性を限定することはできないということを前提として、自分は現代社会のアーティストとして魔術的なアプローチを治療へと取り込んでいるというスタンスで語っている。


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